山南敬助が新選組の在り方に疑問を抱き始めたのはいつからだっただろうか。池田屋事変が起こった前日か。
いや、芹沢鴨を粛清しようとの動きがあった時からだったかもしれない。
それを機に、山南は体調を崩しやすくなっていた。〈自分〉という存在を憎み、生きる気力を少しずつ失くしかけていた。
しかし、それでも何とか自刃を思い留まることが出来たのは、山南塾に集まって来る子供達、そして何より、桜庭鈴花の存在だった。
鈴花のことは、彼女が入隊当初から山南が何かと手をかけ、面倒を見続けた。
本音を言えば、こんなあどけない少女が男ばかりの集団で堪え続けられるのであろうかという懸念があった。
局長の近藤勇もその辺りを気にしていたようで、入隊早々、堪えられなくなったらいつでも抜けても良い、と鈴花に言っていた。
だが、鈴花は強かった。剣の腕前は、幹部の男達には劣るものの、それでも一介の隊士達より筋が良く、何より根性があった。
どんなに体力が有り余っている男達でもすぐに根を上げてしまう厳しい稽古にも、鈴花は泣き言ひとつ漏らさず、歯を食い縛りながら着いて来ていた。
そんな鈴花を見ていると、いつまでも臥せっている自分が情けなく思えてくる。
本当に、自分は鈴花に相応しい男なのであろうか、と。
そんな折、山南の身近な場所で事件が起こった。土佐藩士に、山南塾の生徒であった小六が斬り捨てられた。
きっかけは、その時の土佐藩士二人組が山南の悪口を言っていたことだったらしく、たまたまそれを耳にしてしまった小六は男達に食ってかかったらしかった。
それが男達の気に障り、小六はその場で一太刀を受け、短過ぎる生涯を閉じてしまった。
その経緯を山崎烝から聞かされた山南は、これ以上にないほどの怒りを覚えた。幼い子供の命を塵同然に扱った土佐藩士、そして何よりも、小六にそこまでさせてしまった自分自身を恨んだ。
(自分が、もっとしっかりしていたら……)
考えるうちに、熱いものが込み上げてきた。
泣くわけにはいかない。そう自分に言い聞かせようとしたが、鈴花に優しく慰められ、山南は溢れ出る涙を抑えられなくなった。
嗚咽を漏らし続ける山南を背中越しに抱き締める鈴花。抱き締めている間、鈴花は何も言わなかった。
鈴花が何を想っていたかは知らない。ただ分かったのは、鈴花の甘い香りとほんのりと伝わる温もりに、山南の心の傷が少しずつ癒されていったことだった。
◆◇◆◇
山南は翌日の晩、土佐藩士の入り浸っている酒場を探し当て、その男を呼び出した。
本当は話し合いだけで済ませるつもりだった。しかし、悪びれもしない男の態度に、山南の堪忍袋の緒が切れた。
あろうことか、総長の肩書きを持つ男が自ら決闘を申し込んでしまったのである。
私の闘争を不許――
局中法度のひとつにあることは、山南も当然分かっている。そして、禁を破ったら刑に処されることも。
だからこそ、敢えて山南は隊規に背いたのである。
◆◇◆◇
決闘は翌日、友人である才谷梅太郎の立会いの下で行われることとなった。
他には、山南の決闘を見届けるつもりなのか、一番隊組長の沖田総司と、何故か鈴花も一緒にいた。
この決闘は真剣勝負。負けた方が命を落とす。
山南は目の前の男を討ち取る自信があったが、勝ったとしても、自らも命を絶つ覚悟でいた。
勝っても負けても、山南に未来はない。
それでも良かった。どのみち、今の山南には新選組の居場所などないのだから。
「始めえ!」
才谷の号令を皮切りに、山南と土佐藩士の双方は抜刀する。
土佐藩士が積極的に攻めてくる中、山南はそれをいとも容易くかわす。
一向に刀を向けて来ない山南に土佐藩士は苛立ちを隠せずにいたが、山南は山南で考えがあった。
(一太刀で、この男の命を絶つ)
山南はじっくりと機を窺い、ほんのわずかに見せた隙を狙い、男の身体を斬った。
男は断末魔の叫びと共に、その場に崩れ落ちた。
斬った瞬間に飛び散った血飛沫は、山南の着物を斑点のように赤黒く染めている。
山南によって命を奪われた男は、何故だ、と言わんばかりにカッと目を見開いたまま倒れている。まさか、自分が敗れるなどとは予想だにしなかったのであろう。
憐れではあるが、山南という男を見くびり過ぎた結果だから仕方がないと言えば仕方がない。