「アンタってさぁ、いつも同じ格好よねぇ?」
鈴花の部屋で彼女の淹れたお茶を一口啜りながら、山崎が突然口にした。
言われた本人は怪訝に思いながら山崎を見つめるも、山崎は構わず続けた。
「アタシ、いっつも思ってたんだけど、アンタは素がいいから、それなりの格好をすれば可愛くなると思うんだけど? ま、むさっ苦しい男達の中にいたんじゃ、お洒落に縁遠くなっちゃうのも無理はないのかもね」
「――何が言いたいんですか……?」
山崎の言わんとしている意図が掴めず、鈴花は訊いた。
「だからぁ! たまには鈴花ちゃんもお洒落したらどうかってこと。鈴花ちゃんは新選組隊士である以前に女の子なんだから」
「お洒落、ですか……」
山崎に言われ、鈴花はしばし考え込む。
確かに山崎の指摘通り、新選組に入隊してからは、女らしい格好とは無縁になった。おまけに断髪をしているから、女というより、少年という表現の方がしっくりくる。
(興味がない、わけじゃないけど……)
そんなことを思っていたら、山崎が「そうだわ!」と急に声を上げた。
「ねえ、せっかくだから、今日ぐらい女の子に戻らない? 大丈夫! アタシがうーんと可愛くしてあげるから!」
「は……?」
有無を言う隙を与えられることなく、山崎は強引に鈴花の腕を引っ張った。
普段の煌びやかな姿からは想像出来ないほどの握力に、やはり山崎も男なのだと改めて認識させられた。
(しょうがないなあ……)
鈴花は半ば諦め、山崎のなすがままにされることとなった。
連れて来られた場所は何のことはない。山崎の部屋だった。てっきり外に連れ出さされるのではと思っていた鈴花は、すっかり拍子抜けした。
「あの、何をするんですか?」
鈴花は素朴な疑問を口にした。
「そうねぇ、まずは着ている物を脱いでもらおうかしら?」
あまりにさらりと言われ、聞き流しそうになった。が――
「ええっ! ここで、ですか……?」
鈴花は狼狽した。いくら女の格好をしていようとも、山崎が男であることに変わりはない。
「当たり前でしょ。それとも、外で着替えて男達の好奇の目に晒されたい?」
「い、いえ! 私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
そこまで言うと、山崎も察してくれたようだ。
「――分かったわよ。じゃあアタシは外に出てるから、その間にこれに着替えなさいな」
山崎はそう言って、一枚の着物を差し出すと、素直に部屋を出て行った。
山崎が部屋を出てから、改めて渡された着物をまじまじと見つめる。淡い薄桃色に桜模様が散りばめられた可憐な着物。こう言っては失礼だが、派手な外見の山崎にはずいぶんと不釣り合いだ。
(それにしても、どこで手に入れたんだろう……?)
鈴花の中で想像が駆け巡るも、あまり深く考えない方がいいかも、と自分の心の中で言い聞かせ、着替えを始めた。
「鈴花ちゃーん、そろそろいーい?」
しばらくして、山崎が障子の向こうから声をかけてきた。
「あ、はい。大丈夫です」
ちょうど着替え終えた鈴花が答えると、待ってましたとばかりに勢いよく障子が開いた。
「あらぁ! やっぱりアタシの目に狂いはなかったようね!」
彼女の着飾った姿を見るなり、山崎は嬉しそうに言う。
「さて、それじゃあ仕上げにいこうかしらね」
(仕上げ……?)
鈴花が首を傾げていると、山崎はいそいそと化粧道具を用意し始めた。
「ほら、座んなさい!」
言われるより先に強引に畳の上に座らされる。
山崎は目を輝かせながら、鈴花に化粧を施してゆく。
抵抗する気は、とっくに失せていた。
「さあ、完成したわよ!」
山崎に手鏡を渡された鈴花は、怖々と自分の顔を見る。以前に変な顔にされた経験があるから、そのことが不意に頭を過ぎった。
だが、その心配は無用だった。
「これが、私……?」
見慣れない顔が、自分を見つめている。
山崎は頷く。
「そうよぉ。だから言ったでしょ? アンタは素がいいんだから、ちゃんとすれば可愛くなるんだって! でも……」
「でも……?」
鈴花は首を傾げた。
山崎は少し躊躇いながら、けれどもはっきり口にした。
「――想像以上に可愛くなっちゃったから、その姿、誰の目にも触れさせたくないかも」
「えっ……!」
山崎の言葉に、鈴花は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。同時に、顔中に熱を帯びてきた。
そんな鈴花の頬を軽く指で突きながら、山崎は言った。
「鈴花ちゃん、やっぱり普段はいつものままでいてちょうだい。女の子の格好は、アタシだけの前で、ね?」
【初出:2007年4月14日】