ただひとりの喜ぶ顔が見たいために何かを作ろうと思ったことは、未だかつてあったであろうか。
それまでは周りの役に立つものをと考え、数々の発明を編み出してきた。
ただ、山南の発明は、何故か隊士達からの評判があまり良くない。例えば、剣術修行用のからくり人形を製作し、隊士達の前に持っていった時などは、それこそ蜘蛛の子を散らすように逃げられてしまった。
そんな山南の発明品に興味を持ち、進んで触ってくれるのは、一番隊組長の沖田総司と、新選組唯一の女性隊士である桜庭鈴花だけである。
確か、鈴花に初めて見せた発明品は、自分でお茶を淹れてくれる人形だったと思う。あの時は完成させた興奮が醒め止まず、たまたま彼の近くを通りかかった鈴花に声をかけてしまった。
他の隊士のように逃げもせず、人形を触ってもらえたのも嬉しかった。結果は、妖しげな音を立てて壊れてしまったのだが。
その後も、山南は発明に没頭した。寝る間も惜しんで本を読み漁り、夜な夜な工具と格闘していた。
ところが、ある日を境に山南の発明はぴたりと止んだ。何を思ったのか、鈴花に塾の開設を勧められてしまったからであった。
嫌だとは感じなかった。しかし、新選組という、いわゆる人殺し集団の幹部である自分が、純真な子供達に物を教えるということに躊躇いがあったのも本音であった。
それでも塾を開く決心をしたのは、やはり、鈴花の熱意があってこそだった。子供達も喜んでくれたようだし、塾を開いて良かったと心から思えた。
今、山南が製作している物は、今までの発明品には全くない繊細さがあった。
大がかりなからくりなどない。しかし、それだけに調整が難しい。
山南は塾で教えるため、自らも予習を兼ねた勉強をしたあと、それの製作に没頭する。
彼の中に浮かんでいるのは、誰よりも愛おしい鈴花の笑顔。男ばかりの集団にいて、男達と混ざって刀を振るっていても、女性としての本質もちゃんと兼ね備えていることを山南は知っていた。
だからこそ、鈴花には女性らしくて綺麗な物を贈りたいと思っていた。それも、店で買った物ではない。世界でただひとつ、山南以外には絶対に生み出せない贈り物。
それは鈴花への感謝の気持ち。そして何より、どんなことがあっても、一生鈴花を愛し続けるという誓いの証でもある。
(喜んでくれれば良いのだが……)
山南は期待と不安という半々の感情を抱きつつ、天を仰ぐように片目で筒状の物の中を見つめる。客観的に見たら綺麗だが、果たして、当の本人はどう思うか。
(天気の良い日中に、外で見た方が良いかもしれないな)
山南は筒から目を離すと、壊さぬようにと袱紗にそれを包んで机にそっと置いた。
◆◇◆◇
翌日は見事な快晴に恵まれた。
山南は例の筒を持って庭に出ると、昨日と同様の格好で中を見つめる。
と、その時だった。
「山南さん!」
可愛らしい少女の声が、山南を呼んだ。
山南はもたげていた首を下げる。
彼を呼んでいたのは、贈り物をしようと思っていた相手――鈴花だった。
「何をしていたんですか?」
鈴花は首を傾げながら、山南に訊ねてくる。
「ああ、こいつを調整していたんだよ」
山南が答えると、鈴花は怪訝そうに筒をじっと見つめる。
「これは、何ですか?」
「こいつは可列以度斯布。――更紗眼鏡と言った方が分かりやすいかな?」
「更紗眼鏡ですか!」
鈴花の瞳は爛々と輝いている。どうやら、興味を引いたようだ。
「良かったら覗いてみるかい? まだ、完成ではないんだが」
「はい! ぜひとも!」
鈴花の表情はさらに明るくなった。
山南から更紗眼鏡を受け取ると、嬉しそうにそれを仰ぎながら、中を覗いていた。
「うわあ! 綺麗ですね! でも、これで未完成だなんて信じられませんけど?」
鈴花の言葉に山南は嬉しさが込み上げ、口許に笑みを浮かべる。
「いや、最終調整をしていただけだからね。だから、君が綺麗だと思うならそれで完成だ」
鈴花は更紗眼鏡から、今度は山南に視線を移した。
「私が綺麗だと思えば、ですか?」
「ああ、そうだよ」
山南はにっこりと微笑んだ。
「これは、君に贈るために作ったものだ。やはり桜庭君に贈る物は、優しい風情のある物をと思ったからね」
言いながら、山南の鼓動が速くなっている。年甲斐もなく、照れ臭さを感じてしまっているらしい。
そんな山南を見つめながら、鈴花はおずおずと「あの……」と口を開いた。
「――本当に、私が貰ってもいいんですか……?」
「もちろんだよ」
山南は頷いた。
「むしろ、君にこそ受け取ってもらいたい。――受け取ってくれるかい?」
山南が訊ねると、鈴花はゆっくりと首を上下に動かした。
「はい、喜んでお受け取りします」
そう答える鈴花の頬は、心なしかほんのりと朱に染まっている。もしかしたら、鈴花も同じように自分を想い続けてくれていたのだろうかと、勝手に解釈してしまう。
このまま、抱き締めてしまいたい衝動にも駆られたが、昼間の庭先という場所もあり、どうにか思い留まった。
だが、これがどちらかの部屋の中であったら、さすがの山南も自制が利かなかったかもしれない。
「桜庭君」
嬉しそうに更紗眼鏡を抱き締める鈴花に、山南は囁くように言った。
「これからも、私の支えとなってくれるかい?」
更紗眼鏡を喜んでもらえたことに気持ちが大きくなってしまったのか、ほとんど無意識に大胆なことを訊ねていた。
鈴花は驚いたように瞠目している。少しばかり、考えるように目を宙に泳がせていたが、やがて「はい」と答えた。
「私でも、山南さんのお役に立てるのであれば……。微力ながら、塾の手助けをさせていただきますね。そして……、ずっと、山南さんの側に……」
最後の言葉は、消え入るように小さな声だったが、それでも、山南は充分過ぎるほど嬉しかった。
山南は壊れ物を扱うように鈴花の頬を撫でると、小さく笑んだ。
(鈴花と、新たな未来を……)
山南は願いをかけるように、心の中で強く想った。
【初出:2009年1月29日】