「小六君が、斬られたって……」
つい先日、山崎君は神妙な面持ちで私に告げてきた。
私は言葉を失った。
何故、小六が――
頭が真っ白になった。ただ、小六を斬り捨てたという土佐藩士に対する憎しみだけが、私の心を支配していた。
山崎君は、さらに詳しい報告をしに来た。
「あの子ね、敬ちゃんが土佐藩士達に悪く言われていたのが許せなかったみたいよ。それで、連中に食ってかかっていったらしいの……」
「――そうか……」
それに対して、やっと出た言葉はそれだけだった。
小六は、私なんかのために斬られた。
私は彼の、穢れなく澄んだ瞳を思い浮かべる。
一番勉強熱心で、一番私を慕ってくれた小六。明るい未来が待っていたであろうに、それなのに――
その夜、私は部屋に閉じ籠もっていた。
隅の方では、桜庭君が黙って正座し、私をじっと見つめていた。多分、山崎君に言われたのだろう。変な気を起こさないよう、ずっと監視しているようにと――
「――山南さん」
桜庭君が口を開く。
「我慢、しなくていいんですよ?」
私は思わず目を見開く。
平然を装っていたはずなのに、彼女にまで心を見透かされていたというのか。
私の瞳に熱いものが込み上げてくる。みっともないのは分かっている。だが、溢れる涙は止められなかった。
「……っ、くっ……」
その時、背中越しに桜庭君に抱き締められた。
華奢なのに、私をしっかりと包んでくれる。
感謝の想いを伝えたい。しかし、言葉を紡ぎだすことが出来ない。
「――私は、ずっとあなたの側にいます。だから、たくさん泣いて、明日はいつもの山南さんに戻って下さい……」
耳元で優しく囁く桜庭君の声に、私の心は安堵する。
同時に――ある一大決心を固めた。
◆◇◆◇
私は土佐藩士に決闘を申し込んだ。
私闘は新選組内では禁じられている。だが、もう後戻りは出来なかった。
この手で決着を着ける。私の誇りを傷付け、何よりも、小六の生命を奪った者がのうのうと生きているのが許せなかった――
◆◇◆◇
決闘を申し込んだ翌日、それは実行されることとなった。
その場には、私と小六を斬った土佐藩士の他、立会人である才谷さん、そして、私を心配してか、沖田君と桜庭君も着いて来ていた。
「二人とも、正々堂々やっとおせ……」
才谷さんの言葉に、私は頷く。
男はただ、私を睨み付けてくる。
「始めえ!」
号令とともに、男が先に剣を向ける。
この程度か――
私はそれを避けながら、憐れに思った。
「――下らないな」
思わず口から漏れる。
男は目を剥く。
「何……?」
「その程度では私を斬れない。――実に腑抜けた剣だ。小六も、さぞや無念だったに違いない……」
「この野郎……!」
私の言葉に我を忘れた男が、斬りかかろうとして来る。
だが、私は一瞬の隙を衝き、男に剣を振り下ろした。
「――あ……」
男は、崩れ落ちるように息絶えた。
「無駄に剣を振るわずに一瞬で斬ること。――それが私の、君に対する憐れみだよ……」
血の海の中に倒れている男を見下ろしながら、私は剣を鞘に戻した。これで、全ては終わった。
「山南さん!」
私の元に、桜庭君が駆け寄って来た。
そんな彼女に、私は笑顔を向けた。
「心配をかけてすまなかったね。沖田君も。さて、そろそろ戻ろうか?」
そう言って、今度は才谷さんに向き直る。
「才谷さん、あとは頼みます」
「ああ、土佐の者にはわしから説明しといちゃる。面倒なことにならんうちに、山南さん達はすぐに戻った方がええ……」
「ありがとう……」
これが才谷さんと交わした、最期の言葉だった――
◆◇◆◇
決闘後、私は近藤さんと土方君に自刃を申し出た。
私のしたことは裏切りだ。己の怒りのままに武力に頼ったこと、そして何より、純真な子供達の心を踏み躙ってしまった。
死ぬことは怖くない。いつか、こんな日が来るであろうことは分かっていたから。
ただ、ひとつだけ心残りなのは――
「――鈴花……」
私は愛しい君の名を呼ぶ。こうして呼ぶのも、最初で最期だ。
私のために涙を流す君を、このまま奪い去ってしまいたい。だが、それは決して出来ないことだから。
だからせめて、心の隅にでもいい。ずっと、私を想い続けていてほしい――
【初出:2007年5月25日】