甘味よりも甘い

山南敬助×桜庭鈴花


 鈴花はこのところ、気がかりなことがあった。
 それは、総長である山南のこと。
 池田屋事件当日に熱を出して倒れて以来、山南は傍目から見ても元気がない。表面上はいつもと変わらないように見えるが、笑っていても心から笑っているように思えない。
 山南を元気付けてあげたい気持ちはあるが、何をしたら良いのか全く見当が付かない。
 以前ならまめに稽古に付き合ってもらっていたが、さすがにそんなことを軽々しく頼めるような雰囲気ではない。
(どうしたら……)
 ひとりで勝手に悩んでいた、その時だった。
「桜庭君」
 突然、後ろから声をかけられ、鈴花は心臓が飛び上がりそうなほど驚いた。
 声の主は、振り返らずとも分かる。まさに今、鈴花はその人のことを考えていたのだから。
「どうしたんだい、縁側でぼんやりとして。もしかして、悩みことでもあるのかい?」
「――山南さん」
 声の主――山南は心配そうに鈴花の顔を覗き込んでくる。
 さすがは山南と言うべきか。自分のことより他人のことを最優先に考えている。
 だが、まさか本人を目の前にして、山南を心配して物思いに耽っていたとはとても言えない。
(どうしよう……)
 必死で言い訳を考えるものの、それがかえって山南の心配を煽ることとなってしまった。
「そんなに悩むとは……。よほど深刻ななんだね。君もおいそれと言えないことだってあるだろうし、無理に訊こうとはしないけど……」
「ち、違うんです!」
 山南があまりに哀しげな表情を見せるので、鈴花はつい、おかしなことを口走ってしまった。
「実は、お団子がとても美味しいお店を見つけたんです。でも、一緒に行ってくれる人がいなくて、それで……」
 言ってしまったあとで、鈴花は心底後悔した。嘘を吐くにも、よりによって団子で悩んでいた、なんて言ってしまうとは。
 これには、さすがの山南も呆れるに違いない。そう思ったのだが――
「そうだったのか。なら、私で良ければ付き合おうか?」
 予想外の反応に、鈴花は目を見開く。
 咄嗟に出たとはいえ、団子が美味しい店を見つけたというのは決して嘘ではない。しかし、何故か不安が過ぎる。
「――いいんですか……?」
 鈴花は改めて確認する。
 そんな鈴花に対し、山南は口許に弧を描きながら頷いて見せた。
「私もちょうど甘い物が食べたいと思っていたところだし、好都合だよ」

 店に着いたふたりは中の奥へと進んだ。店中には団子の香ばしい匂いが広がっており、それだけで鈴花は幸せな気持ちになる。
 目的の団子が運ばれて来た時は、その想いは更に倍増した。
「山南さん、早速食べましょう」
 鈴花は山南に促しつつ、自分の方が先に串に手を伸ばしていた。
 それを見届けるように、山南もそれを手に取る。
「ああ。これは確かに美味いね」
 団子を咀嚼した山南は、心底感動したような表情をしている。
 その反応が鈴花は何よりも嬉しかった。
「ふふ……」
 思わず、笑いが漏れてしまった。
「――どうしたんだい?」
 山南は首を傾げながら、鈴花を見つめる。
「あ、ごめんなさい。ただ……」
「ん?」
「山南さん、これで少しは元気になったのかなって。そう思ったら、私も心が温かくなったんです」
「そうか……」
 鈴花の言葉に山南は短く答え、穏やかな微笑を浮かべる。まだ多少の憂いは残っているように思えたが、それでも先ほどよりは明るさを取り戻しつつあるようだった。

「さて、そろそろ出ようか」
 山南はそう言って、店の主人を呼ぶ。
「あ、お金なら私が……」
 鈴花が言うのも無視をして、山南は自ら支払いを済ませてしまった。
「山南さん、すみません……」
 店を出てから、鈴花は山南に頭を下げた。
「何で謝るんだい?」
「だって……、山南さんにお金を出させてしまったから……」
「そんなことは気にしなくていいよ。私の方が年上なのだし、それに……、君にはいつも心配ばかりかけてしまっているからね」
「でも……」
 屈託なく山南は言うものの、鈴花の気持ちはどうしても晴れない。
(やっぱり……、私には何も出来ることないの……?)
 そう思っていたら、不意に鈴花は山南に引き寄せられた。
「や、山南……、さん……?」
 突然のことに、鈴花は動揺を隠せずにいた。
「桜庭君」
 抑揚を抑えた声音に、鈴花の鼓動はさらに速度を増した。
「そんなに気にしているのなら、ひとつ君にお願いしようかな?」
「な、何ですか……?」
 鈴花が訊ねると、山南は耳元で思いもよらぬ言葉を囁いてきた。
 これにより、鈴花の全身は一気に体温が上昇してしまう。
「おや、顔が真っ赤だよ?」
 にこにこと笑う山南は、明らかに反応を楽しんでいる。
 対して鈴花は、山南からの甘過ぎる台詞にしばし呆然としてしまった。

「そうだなあ……。じゃあ今度は、鈴花をじっくり堪能させてもらうよ」

【初出:2007年11月29日】
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