あの時の月のように

山南敬助×桜庭鈴花


 月を見るたび、私は思う。
 あとどれほど、君との幸せな時間を過ごしてゆけるのだろうかと――

 ◆◇◆◇

 その夜、なかなか寝付けずにいた私は、布団から起き出し、寝間着のまま縁側へ出た。
 少し冷やりとした空気が頬を伝うが、それもまた心地良く思える。
 私は夜空を見上げた。硝子の欠片を散りばめたような星達、そして、負けじと輝きを放つ満月がひとつ。
 ここ最近、こうしてのんびり月を眺めることもなかったように思える。
 私はその場に腰掛け、しばらくそれを見つめ続けていた。

 どれだけそうしていただろう。ふと、背後から人の気配を感じた。
 温かく、自分を包み込んでくれるような優しい気配。それは――
「桜庭君、こんな時間にどうしたんだい?」
 振り向きざまに私は問いかける。
 その人――桜庭君は目を見開いたまま、その場に固まっていた。どうして分かったのか、と言いたげに。
「君の気配は、この新選組内では独特だからね」
「――どういう意味ですか……?」
 私の言い方が悪かったのかもしれない。桜庭君は不満を露にしながら私を睨んでいる。
 さすがに慌てた。
「あ、いや、違うんだよ。何と言うか君の場合、女性らしい柔らかい雰囲気があるって意味で……」
「そうですか」
 すぐに表情を和らげてくれた。桜庭君は小さな微笑を浮かべながら、私の隣に座った。
 あまりに自然な行為に私はわずかに驚いたものの、それ以上に、彼女が隣にいてくれることが嬉しく思えた。
「綺麗な月ですね」
 夜空を仰ぎながら、桜庭君は言った。
「そうだね」
 私も頷く。
 それからしばらくの間、私と桜庭君の間に沈黙が流れた。
 辺りには私達以外の人の気配はない。

 抱き締めたい――

 私は不意に思い、自分の元へと桜庭君を引き寄せた。
「や、山南さん……?」
 突然のことに、桜庭君は困惑していた。
 私は、「すまない」と謝罪を口にしつつ、それでも彼女をさらに強く抱き締めた。壊してしまいそうなほどに――
「――桜庭君」
 私は桜庭君の耳元で囁いた。
「しばらくこうさせてくれないか? 君の温もりを感じていると、私は生きているのだと実感出来る。これ以上は何もしない。だから……」
「山南さん……」
 桜庭は私の名を口にすると、私の想いに応えようとしてくれたのか、胸に顔を埋めてきた。
 それが私は嬉しくて、彼女の額に軽く自分の唇を押し当てた。柔らかい髪の感触が伝わる。
 桜庭君が弾かれたように顔を上げた。
 桜庭君と視線が合うと、私はそっと彼女の頬に触れた。そして、頬から顎へと手を滑らせる。
 桜庭君はゆっくりと瞳を閉じた。
 微かに震えている彼女の唇に、私は愛おしく思いながらゆっくりと口付けた。

 ◆◇◆◇

 本当は、君といつまでも共に生きたかった。だが、私にはそれが叶えられそうもない。
 だからせめて、これだけは約束するよ。
 どんな時も、君を照らす希望であり続けると。

 そう、あの時の月のように――

【初出:2007年4月14日】
Page Top