本格的な冬が訪れ、寒い日々が続いていた。
吐く息も凍ってしまいそうなほどの冷え込む庭先で、鈴花はぼんやりと空を仰ぐ。
「今夜辺り、雪が降るかもしれないね」
突然、背中越しに声が聴こえてきた。
鈴花は心臓が跳ね上がりそうになるほど驚いた。
「なんだ……、山南さんだったんですね……」
声の主が分かり、鈴花はほっと胸を撫で下ろす。
「すまない。驚かすつもりはなかったんだが……」
ばつが悪そうにしている山南に、鈴花はゆっくりと首を振った。
「いえ、大丈夫です」
「そうか」
鈴花の答えに安堵したのか、山南はいつものように柔らかな笑みを零す。
「あ、そうだ」
にこやかな表情のまま、山南は彼女に訊ねてきた。
「桜庭君、今日はこれから予定はあるかい?」
「予定ですか? いえ、特に何もありません」
「そうか。それならこれから私の部屋に来てくれないか?」
「え、ええ。構いませんけど……?」
鈴花が答えると、山南は先ほどにも増して嬉しそうに微笑む。
「それじゃあ、行こうか?」
外とは打って変わり、火鉢の置かれた部屋の中はほんのりと温かい。
「少し待っていてくれ」
山南はそう言うと、押入れの中から何かを取り出していた。
鈴花は正座し、それを黙って見つめる。
「すまない。待たせたね」
よく見ると、山南の手には和紙で包まれた棒状の物が大事そうに載せられていた。
「山南さん、それは……?」
鈴花が訊ねると、山南はにこやかに答えた。
「これは君への贈り物だよ。気に入ってもらえたら嬉しいけどね」
「えっ?」
鈴花は驚きつつ、山南からそれを受け取った。そして、ゆっくりと和紙を剥がしてゆく。
目にした瞬間、鈴花の驚きはさらに増した。
中から現れたもの。それは雪のように白い反物だった。山崎が着ている物のような派手さはないものの、控え目に描かれた桜の花が何とも可愛らしかった。
鈴花はしばし呆然と見惚れていた。
「――桜庭君……?」
山南の声に、鈴花ははっと我に返った。その表情は、心なしか淋しそうに映った。
「もしかして、気に入らなかったかい……?」
「そ、そんなことはありません!」
山南の言葉に、鈴花は何度も首を振った。
「ただ、凄く綺麗だったので。――それに……」
「何だい?」
「――山南さんに悪いなって思って……。だって、これ、とても高かったんじゃ……?」
「なんだ、そんなことか」
山南は安心したように、再び笑顔を取り戻した。
「そんなことは気にする必要はない。というか、あまり触れてほしくないというのが本音かな? それに、これは私から君への想いそのものだから」
山南の想いは鈴花にもしっかり伝わった。
「山南さん、ありがとうございます……」
鈴花は心から感謝を口にする。同時に、嬉しさのあまりに涙が止めどなく零れ落ちた。
「桜庭君……」
山南は鈴花の涙を、指先で優しく拭ってくれた。
「私にとって君は、かけがいのない光だから。君がいなければ、私は自分の生きる意味すら見い出せずに終わっていたかもしれない。桜庭君、君には感謝しているよ」
山南は鈴花を抱き締めた。息が止まりそうなほど、強く。
普段は穏やかそうに見えていても、本質は熱いものを秘めているのだろう。それは抱かれるたびに感じていた。
「山南さん……」
彼の腕の中で、鈴花は囁いた。
「私、新選組に入って良かったと心から思ってます。剣で身を立てられたことはもちろんですけど、何より、山南さんという素晴らしい男性と巡り逢い、愛し合うことが出来たのですから……」
「――ありがとう」
山南は抱き締める腕にさらに力を籠めた。
「これからもずっと、君は私だけのものだ。君の瞳には、私しか映らないように、命を懸けて君を守り、愛し続けるよ……」
そこまで言うと、鈴花の唇に山南のそれが重ねられた。最初は温もりを確かめるように触れるだけだったが、しだいに口付けは深さを増した。
鈴花も山南に応えるように舌を絡ませながら、不意に、山南がいつか自分の元をすり抜けて消えてしまうのではないかという不安に襲われた。
(幸せ過ぎて怖くなっているだけかもしれない、きっと……)
鈴花はそう自分に言い聞かせる。そうでもしないと、負の感情に押し潰されてしまいそうになるから。
「山南さん……」
唇が離れてから、鈴花は山南の背中に自らの両腕を回した。
「どんなことがあっても私の側を離れないで……。絶対に……」
「――ああ」
山南の切ない吐息が、鈴花の耳元を掠った。
「絶対に離れたりしない。君は、私の大切な伴侶なのだから……」
【初出:2007年12月26日】