初めて出逢った頃は、こんな気持ちを抱くとは思わなかった。
なのに今は、狂おしいまでに君が愛おしい――
◆◇◆◇
ここ数日の間、私はすっかり体調を崩してしまい、布団から出られない日が続いていた。そして、何もすることがないから色々と考えてしまう。
――本当にこのままでいいのか……?
私の中のもうひとりの自分が問いかけてくる。
「山南さん、起きてますか?」
不意に障子の向こうから、澄んだ女性の声が聴こえてきた。
姿を見なくとも分かる。この新選組には女性はひとりしかいないのだから。
「桜庭君だね? どうぞ」
私が答えると、静かに障子が開いた。
「失礼します」
声の主である桜庭君は、桶を抱えながらそろそろと部屋に入ってきた。
「お加減はいかがですか?」
「ああ、だいぶ良くなってきたよ。すまなかったね。君にはずいぶんと迷惑をかけてしまった」
「いいえ」
桜庭君は首を横に振った。
「迷惑なんて全く思ってませんよ。私が好きでしているんですから」
桜庭君はそう言って、私の額の手拭いを取り、桶に張られた水でそれを濡らした。
再び桜庭君の手で載せられる手拭い。ひんやりとした感覚が心地良い。
「ありがとう」
私が礼を言うと、桜庭君は柔らかな笑みを浮かべた。
桜庭君を女性として意識するようになったのは、池田屋事件のあったあの夜からだった。
男達と同様に剣を振るい、髪も短くしているため、普段は少年のように見える。
しかし、あの時だけは違った。私を気遣い、一生懸命看病してくれる姿が、まるで女神のように美しく映った。
――もし、山崎君が突然部屋の中に突撃して来なかったら……
「山南さん?」
桜庭君の声に、私ははっと我に返る。
「どうかされましたか?」
首を傾げながら、桜庭君が訊ねてきた。
「いや、何でもないよ」
私は桜庭君の頬にそっと触れる。
桜庭君は驚いたように目を見開いていたが、私の手を振り払おうとはしなかった。
「こうしていると、何だか幸せな気持ちになるな」
私が言うと、桜庭君は頬を赤らめた。
「な、何言ってるんですかっ?」
「桜庭君、私は一応病人だよ?」
今にも掴みかからんばかりの勢いに危機感を覚えた私は、しかしやんわりと返す。
その言葉に、桜庭君も冷静を取り戻したようだった。
「でも、ずるいです」
桜庭君は頬を膨らませながら、私を軽く睨む。
「あんなこと言われたら、誰だって落ち着いてられませんよ……」
「そうかい? 私はただ、思った事を口にしただけなんだが?」
「……!」
桜庭君の顔は先ほどよりも真っ赤になっている。
「――山南さん」
消え入るような声で、桜庭君が言った。
「あ、あのですね……。お言葉はとても嬉しいのですが……」
「何だい?」
「えっと、こうあっさりと言われてしまうと、何ていうかその……、恥ずかしくて……」
そこまで言うと、桜庭君はとうとう俯いてしまった。
そんな桜庭君の反応を見て、可愛い、などと私は柄にもないことを思ってしまった。
このまま抱き締めてしまいたい衝動に駆られた。しかし、これ以上彼女を困らせてしまうのは可哀想に思えて何とか欲望を抑えた。
「桜庭君」
私は微笑を浮かべた。
「君が喜んでくれるなら、私はどんなことでもしよう」
「――はい」
桜庭君ははにかみながら頷いた。
【初出:2007年2月9日】