あなただけを愛してる

山南敬助×桜庭鈴花


 鈴花が山南の部屋を訪れたのは、夜もすっかり更けた頃だった。
「山南さん、桜庭です。入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
 山南の了承を得た鈴花はゆっくりと障子を開ける。
 机に向かっていた山南は、鈴花の姿を確認すると柔らかな笑みを浮かべた。
「すまないね、こんな時間に」
「いいえ、そんなことはないです」
 鈴花も山南に微笑み返しながら、彼の側へ近付いた。
「それより山南さん、お身体がまだ本調子ではないんじゃ……? 顔色があまり良くないように見えますけど……」
「いや、身体の方は何ともないよ。ただ……」
「ただ、何ですか?」
 鈴花が訊ねると、山南は少しばかり沈んだ表情を見せた。
「最近、色々と考えてしまってね。私のすべきことは何なのだろうと。それでなかなか寝付けなくて……」
 鈴花は何も言葉が出なかった。ただ、黙って山南の側にいることだけが鈴花に出来る精いっぱいだった。
「桜庭君」
 山南は鈴花を真っ直ぐに見つめた。
「君は私のことをどう想ってる?」
「えっ?」
 唐突な質問に、鈴花は大きな瞳をに見開いた。
「答えてくれないか?」
 山南は切なげな視線を投げかけてくる。
 そんな風に見つめられると、鈴花もまた胸が締め付けられるように苦しくなった。
「わ、私は……」
 なおも見つめてくる山南の視線を一心に浴びつつ、俯きながら答えた。
「山南さんを……、愛しています……」
 少し躊躇いながら答えた鈴花を、山南は強く抱き締めてきた。
「桜庭君、嬉しいよ。私も同じ気持ちだから」
 鈴花もずっと望んでいた言葉だった。胸が打ち震え、自然と鈴花の瞳から涙が零れ落ちた。
「君が欲しい。誰にも渡したくない……」
「山南さ……」
 名前を紡ごうとしたその口を、山南のそれで塞がれてしまう。
 息も出来ぬほどの長い接吻に、鈴花の意識が朦朧としかけた。

 肌寒さを感じ、鈴花は目を覚ました。隣では、鈴花を抱き締めた格好で山南が眠っている。
 初めての行為に戸惑いを感じなかったわけではないが、それでも山南に抱かれている間は確かに幸せだった。
 ――二度と離れたくない。
 そう思いながら、山南に身を預けた。
 山南も同じだったと思う。身体を重ねながら、何度も、「鈴花」と自分の名前を呼んでくれたことがこの上なく幸せだった。
「敬助さん……」
 鈴花もまた、愛しい人の名前を口にしてみた。そして、隣で眠る山南の髪に触れる。
 癖のない綺麗な黒髪は、鈴花の指先でさらさらと零れ落ちてゆく。
「ねえ、敬助さん」
 答えてくれるはずはないと分かりつつ、鈴花はそっと呼びかけてみた。
「私はあなたと出逢えて本当に良かったと思ってるんです。だから、これからもずっと、私と一緒にいて下さい……」
 静かな寝息を立てている山南に、鈴花はそっと口付ける。そして唇を離すと、再び山南に寄り添うように深い眠りに就いた。

【初出:2007年3月9日】
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