沈みがちだった山南さんが、最近は明るさを取り戻しつつあった。山南さんが笑顔でいてくれると、私も自分のことのように嬉しい。
やっぱり、山南さんに塾を開くのを勧めて良かった。今では心からそう思っている。
◆◇◆◇
塾の開かれる日は、屯所内も子供達の明るい声で賑やかになる。
「山南先生、鈴花姉ちゃん、こんにちはー!」
真っ先に挨拶してきたのは、山南さんの自称一番弟子を謳っている小六君だった。この子は特に山南さんに懐いていて、勉強熱心でもあるからことのほか可愛がられている。
私も同じだった。私には兄弟がいなかったけど、もし弟がいたらこんな感じかな、とこの子を見ているといつも思う。
「ねえ、僕、いっつも思ってたんだけどさ」
小六君が私と山南さんをじっと見上げる。
「何だい?」
「山南先生と鈴花姉ちゃん、いつになったら夫婦になるの?」
「えっ……?」
小六君の質問に思わず声を上げたのは私だった。
――また何を言い出すかと思えば……
山南さんの反応が気になった私は表情を覗って見るも、山南さんはいつもの穏やかな笑みを浮かべているだけだった。
全く動揺している様子がない山南さんを目の当たりにしてしまい、少し淋しい気分になった。
「ねえ、どうなの?」
何も言わない私達に、小六君はさらに食い下がってくる。
――どうしよう……
私が答えに窮していた時だった。
「小六」
山南さんの穏やかな声が、小六君の名を呼んだ。
「君は、私と鈴花姉さんが一緒になることを望んでるのかい?」
思いもよらぬ言葉だった。
私の胸の鼓動は、小六君に突飛な質問をされた時より早くなっている。
そんな私にお構いなしに、小六君は無邪気に言葉を紡いだ。
「もちろんだよ! だって、先生と鈴花姉ちゃん、ほんとお似合いだもん! ずーっとずっと、ふたり一緒に塾を続けてほしいな!」
「そうか」
山南さんは短く答え、小六君の頭をそっと撫でる。
その表情は、心なしか少し嬉しそうに見えた。私の、思い過ごしでなければ――
「じゃあね先生! 鈴花ねえちゃんもまた今度ねー!」
日が傾き、子供達はそれぞれの家に帰って行く。
私と山南さんはふたり並びながら、屯所の外に出てみんなを見送った。
「気を付けて帰るのよー!」
私が子供達に叫ぶと、彼らは大きく手を振り返してくる。
「うん! さよーならー!」
子供達の姿はどんどんと小さくなり、すっかり見えなくなってから私と山南さんは屯所の中へ入った。そして、ふたりきりになったのを見計らって、山南さんに思いきって切り出した。
「――あの、山南さん……」
「ん、何だい?」
「えっと……、山南さんは、その……、私と、一緒になりたいと……、思ってたりするんですか……?」
「えっ?」
山南さんは目を見開いて私を見つめる。
この反応を見て、私はもしかしてとんでもない質問をしてしまったのだろうかとわずかながらも後悔した。
「あ、あの……、ごめんなさい! その……、さっきの山南さんの言葉が、どうしても気になっただけですので……。ですから、気にしないで下さい!」
言っていることが支離滅裂だ。こんな自分が情けなくて泣きたくなってきた。
「――桜庭君」
山南さんの手が、そっと私の頬に触れた。
驚いて山南さんを見上げると、包み込んでくれるような優しい眼差しで私を見つめてくれていた。
「私は本気だよ。君となら、必ず幸せな家庭が築ける。ささやかでいい。ずっと、君と人生を共に歩んで行けたらと思ってる。――君は、私が相手では嫌かい?」
「そんなことないです!」
私は大きく首を振った。
「私も、山南さんがいいんです。ううん、山南さんじゃなければ嫌です。迷惑じゃないのなら……、ずっとずっと、側にいさせて下さい」
私が言うと、山南さんは力強く抱き締めてきた。普段の山南さんからは想像出来ないほどの強引さ。でも、それもまた嬉しかった。
「迷惑なんてことはない。むしろ嬉しいよ。私も、君以外はいらない。だから、ずっと側にいてほしい……」
◆◇◆◇
夕陽が辺りを赤く染めてゆく。
その中で、私達は誓い合う。
まだ見えない未来を、この手で抱き締めながら――
【初出:2007年5月15日】