ここ数日降り続いていた雨がやっと上がり、久しぶりに太陽が顔を覗かせた。
鈴花は上機嫌だった。
悪天候のせいで、このところ洗濯が出来ず、気付くと山のように溜まっていた。このままだったらどうしようかと本気で心配していたので、晴天を拝めたのは本当にありがたかった。
(でも、さすがにひとりでこの量はきつかったなあ……)
そんな事を考えながら、次々に洗濯物を干していく。
とにかく早く終わらせたい。今日は、永倉と一緒に出かける約束をしているのだから。
「ふう……。やっと終わった!」
鈴花は大きく伸びをし、深呼吸する。風が時おり運んでくる花の香りが、とても心地良い。
「鈴花さん!」
遠くから鈴花を呼ぶ声が聴こえてきた。
鈴花は両腕を下ろし、声のした方を振り返る。
「洗濯終わった?」
そう問うのは、少女のように可愛らしい顔立ちをした青年――藤堂だった。
「終わった、じゃないわよ!」
桜庭は腰に手を当てながら言う。
「誰も手伝ってくれなくて、こっちは大変だったんだから! あれ、そういえば平助君? さっき逢った時にお手伝いを頼もうとしたら、用事があるとか言わなかったっけ?」
「あ、そ、それはさ、たった今済んだんだ。そう!」
必死で言い訳する藤堂を見ながら、鈴花は呆れて溜め息を吐く。
藤堂は誤魔化すように、わざとらしく咳払いした。
「まあ、そんなことより鈴花さん、これから何か予定ある?」
「えっ?」
急に訊かれ、鈴花は一瞬言葉に詰まってしまった。
それを肯定と捉えたのか、藤堂は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「何もないならさ、今日一日俺に付き合ってよ」
「え、あの……」
こちらが良いと言う前に、藤堂は無邪気に桜庭の手を握ってきた。
と、その時だった。ふたりの目の前に永倉が現れた。
「何してんだ?」
いつもの彼からは想像出来ないほど、怒気を含んだ言い方で訊ねてきた。
「あ、あの……」
違うんです、と言いたいのに、言葉が出て来ない。
藤堂も固まっている。
「来い!」
永倉はそう言って、鈴花の手首を強引に掴んだ。力任せに引っ張って行く。
鈴花はあまりの痛みに顔を顰めた。
「な、永倉さん。お願いだから放して下さい……」
訴えるも、永倉は鈴花の言葉を完全に無視していた。
腕を引かれた状態で、気が付くと人気のない藪の中へ連れて来られた。
永倉はやっと、鈴花から手を放す。
「永倉さん……」
「オメェ、隙がありすぎなんだよ」
「え……?」
予想だにしないことを言われ、鈴花庭は目を見開く。
永倉は続けた。
「平助だけじゃない。オメェに好意を寄せてる野郎は他にたくさんいる。いいか? これからは俺以外の男にいい顔なんかすんじゃねぇ。鈴花は俺だけのものなんだからな?」
そこまで言うと、永倉は鈴花を抱き締めた。
「鈴花、約束してくれ。ずっと俺の側にいると。俺だけを見ていると。俺もオメェしかいらない。だから……」
彼の逞しい身体に包まれながら、鈴花は涙が溢れるのを止められなかった。
嬉しかった。愛している人を感じられ、愛されていることが。
「永倉さん」
永倉に身を委ねながら、鈴花は囁くような声で言った。
「私も、あなただけを愛しています。どんなことがあっても、ずっと一緒ですから」
「ああ……」
永倉は短く答え、さらに強く抱き締めてきた。
【初出:2007年2月17日】