「うーん……」
鈴花は正座しながら、非常に悩んでいた。そんな彼女の目の前に置いてあるのは、好物の饅頭四個。
「はあー……」
今度は深い溜め息を吐く。
鈴花は今、これに手を付けていいのだろうかと考えていたのだ。
(最近、太ってきたような気がするしなあ……)
そう思いながら、手で頬に触れる。心なしか、顔が丸くなってきたような、そんな気がしていた。
「どうしよう……」
鈴花はなおも、饅頭を睨み続ける。
「何が『どうしよう』なんだ?」
「ひゃっ!」
突然後ろから声をかけられ、鈴花は心臓が飛び跳ねそうなほど驚いた。
「でけぇ声だな、おい……」
「な、永倉さん……」
振り向くと永倉が、しかめっ面をしながら指で耳栓をしている。よっぽど耳に響いたらしい。
「ご、ごめんなさい! 急に声をかけられたからびっくりしてしまって……」
鈴花は頭を下げて謝った。
「い、いや。別にいいけどよ……」
永倉は苦笑しながら、鈴花の隣に座った。
「んで、何がどうしたんだ?」
「あ、いえ。ただ、このお饅頭、食べようかどうしようか悩んでただけで……」
「――饅頭?」
永倉は饅頭に視線を落とした。
「別に傷んでるわけじゃなさそうだぜ? なのに何で食うのを躊躇ってんだ?」
「うっ! そ、それは……」
永倉の質問に、鈴花は言葉を詰まらせた。
そんな彼女を怪訝そうに見つめながら、永倉はなおも続ける。
「だいたい甘いモンには目のないオメェが、手も付けず饅頭を凝視してるだけなんてどう考えてもおかしいじゃねえか?」
「――はあ……」
永倉の鋭い言葉に、鈴花は観念して正直に話した。
「実は、最近太ったような気がして……。それで食べていいものかどうか悩んでたんです」
「ふーん……」
永倉は鈴花をじっと見つめる。かと思ったら、突然、鈴花の身体を触り出した。
「なっ、何するんですかっ?」
鈴花はすかさず永倉に平手打ちを食らわせた。
小気味良い音が、屯所中に響き渡る。
「ってぇ……」
ぶたれた張本人である永倉は、叩かれた頬を何度も擦っている。
「ったく、今のはほんの冗談だって。オメェも冗談と本気の区別ぐらいつかねえのかよ……」
「冗談にしてもやり過ぎです! だいたい断りもなく身体に触れるなんて、女に対する侮辱です! 私だってこれでも、女を捨ててるわけじゃないんですからっ!」
鈴花は一息に言い切ると、肩で息を吐いた。
すると、永倉の方から、何やらくつくつと忍び笑いが聴こえてきた。
「な、何笑ってるんですか……?」
「くっくっ……。だってよぉ、オメェのムキになった顔が面白過ぎて……」
「なぁんですってーっ?」
再び鈴花の腕が振り上げられる。が、完全に下ろされる前に、今度は永倉の手がそれをしっかりと掴んでいた。
「何度も殴られちゃ堪んねえからな」
そう言いながら、ゆっくりと腕を下ろさせる。
「――鈴花」
先ほどとは打って変わって、永倉は真剣な眼差しで鈴花を見つめた。
「俺はよ、どんな姿でも、ありのままのオメェがいいと思ってんだ。それに、甘いモンを食って、幸せそうに笑ってるオメェを見てると、こっちまで嬉しい気持ちになれるんだ。だから、何も躊躇う必要はねぇよ」
永倉はそう言うと、満面の笑みを浮かべた。
そんな彼の姿に、鈴花は心が温かくなるのを感じた。
「永倉さん」
永倉に釣られるように、鈴花も柔らかく微笑んだ。
「私も永倉さんとこうしていられるだけで、充分幸せですよ」
◆◇◆◇
これは、春の日差しが温かい、ある昼下がりのこと――
【初出:2007年3月18日】