今日は朝から良く晴れ渡っていた。
心地良い陽気に、縁側で過ごしていた鈴花はつい、大口を開けて欠伸をしてしまった。
と、その時――
「よっ!」
後ろから声をかけられた。
鈴花は慌てふためきながら、両手で口許を覆う。
「オメェ、ずいぶんでかい口で欠伸してんな」
声の主である永倉は、あからさまに呆れた表情で鈴花を見下ろしている。
他の人ならともかく、よりによって永倉に目撃されてしまうとは。
鈴花は恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
そんな鈴花の隣に永倉はごく自然に腰を下ろし、包みを差し出してきた。
そこから立ち込めるほんのりとした甘い匂いに、鈴花は弾かれるように顔を上げた。
「これは……?」
「開けてみな」
永倉に言われるまま、鈴花は包みをゆっくりと剥がしていく。
「わあ!」
それを見た瞬間、鈴花の目の色は変わった。中に入っていたのは、餡がたっぷり盛られた団子だった。
「どうしたんですか、これ?」
「ついさっき買ってきた。オメェ、甘いもん好きだろ?」
「私のため、ですか?」
鈴花が訊くと、永倉は照れ臭そうに頭を掻いた。
「ま、まあ、どうせ暇してると思ったからさ。ちょっとぐらい付き合ってやろっかなって……」
永倉の言葉に、鈴花は思わず笑みが零れた。
「これ、食べてもいいですか?」
「ああ、そのために持ってきたんだからな」
「それじゃあ、遠慮なくいただきますね」
鈴花はそう言って、団子を一本手に取に、それを口に運んだ。
中に広がる甘さに、鈴花はいっぺんに幸せな気持ちになった。
「ククッ……」
ふと、永倉から忍び笑いのようなものが聴こえてきた。
「――何ですか?」
鈴花は団子を口いっぱいに頬張ったまま、怪訝に思いながら永倉を見た。
「いやあ、桜庭はほんと幸せそうに食うなあと思ってさ」
永倉はなおも苦しそうに笑い続ける。
(そんなに笑わなくても……)
鈴花は口をもごもごさせながら永倉を横目で睨んだ。
しばらく笑っていた永倉だったが、不意に真顔になった。かと思ったら、永倉は自分の人差し指で鈴花の口許に触れてきた。
突然のことに、今度は動揺を隠せずにいたのだが――
「こいつ、付いてたぜ」
そう言って永倉は、人差し指を鈴花に見せる。そこに付いていたのは団子の餡。どうやら永倉は、これを取ってくれただけのようだった。
「あ、ありがとうございます……」
礼を言いながら、鈴花の中では、ほっとしたような、がっかりしたような、複雑な感情が入り混じっていた。
(もう! 何を期待してるのよ!)
鈴花は自分の頭を何度も叩いた。
「桜庭、何やってんだ?」
永倉は怪訝そうに鈴花を見つめる。
「い、いえ、何でもありませんから!」
鈴花は首と両手を同時に振る。動揺しているせいか、声も裏返っていた。
「――変な奴だな……」
永倉は苦笑しながら、鈴花の頭に軽く手を載せた。ごつごつとした感触に、心臓が高鳴る。
「桜庭」
名前を呼ばれ、鈴花は不意に永倉に引き寄せられた。
「おめえとずっと、こうしていられたらいいよな……」
永倉に抱き締められながら、鈴花は瞳を閉じ、彼の体温を感じていた。
【初出:2007年2月11日】