銃撃を受けた近藤さんは、その怪我が元で刀を満足に振るうことが出来なくなっていた。表面上はいつもと変わらず明るいが、やはり、どこか影を落としているように見える。
私にはそれが辛かった。
互いの気持ちは知っている。けれど、それだけだ。
結局、私は何もしてあげられない。どんなに好きでも――
「桜庭君」
隣にいた近藤さんに呼ばれたことで、私ははっと我に返った。
「どうしたんだい? 元気がないようだけど?」
大好きな優しい声で私に訊ねてくる。
思わず泣きそうになったけれど、近藤さんを困らせてしまいそうな気がして、ぐっと唇を噛んで堪えた。
「何でもありませんよ」
笑顔を繕って、私は答える。
「そっか。でも頼むから、あまり哀しそうな顔はしないでくれよ? 俺はさ、君の笑顔が一番好きなんだ。だから、どんなことがあってもずっと俺の側で笑っていてくれよ」
そう言って、近藤さんは私をそっと包み込んだ。
温かい。この瞬間だけ、私は誰よりも愛されているのだと実感出来る。
奥さんや娘さんへの罪悪感がないわけじゃない。それでも、私は近藤さんの優しさに甘えたかった。
そして、近藤さんも、今だけは私を求め、見つめてくれている。
私はもっと近藤さんを感じたくて、顔を埋めた。
「桜庭君」
私を抱き締めたまま、近藤さんは静かに続けた。
「君は何故、俺なんかを選んでくれたんだ? 他にも男はたくさんいる。なのに……」
「さあ、何故なんでしょうね」
「――答えになってないよ、桜庭君」
近藤さんは、さらに抱き締める腕に力を籠めてきた。
でも、本当に答えが見付からないのだ。気が付いたら好きになっていた、としか言いようがない。
「じゃあ、逆に訊きますけど、近藤さんはどうして私を好きになってくれたんですか?」
「――そうだなあ……」
私が訊き返すと、近藤さんはしばらく考え込んだ。
「前にも言ったような気がするけどさ、君となら同じ道を一緒に歩んで行ける気がしたから。君が隣にいてくれたら、どんなことでも乗り越えられそうだと思ったからだよ」
そうか、と思った。
奥様とは同じ道を歩めないけれど、私ならばずっと共に進んで行ける。
近藤さんが私を心から信頼してくれていることを改めて確認し、私はこの上ない幸せを噛み締めた。
嬉し過ぎて、自然と透明な雫が頬を伝った。
「どうした、桜庭君?」
涙を流した私に、近藤さんは困惑している。
私は頭をもたげて近藤さんを見上げると、涙で潤んだ瞳を向けながら微笑んで見せた。さっきとは違う、本物の笑顔だ。
「近藤さん」
私は近藤さんの頬にそっと触れた。
「この涙は哀しいから流しているのではないんです。あなたに愛されていることが嬉しくて出た涙です」
「嬉し涙?」
「はい」
ゆっくり頷くと、近藤さんのごつごつとした指が涙の筋をなぞる。
その行為が優しくて、また新たな涙が溢れてくる。
「桜庭君」
近藤さんが囁くような声で言う。
「これからさらなる困難が待ち受けているかもしれない。俺もどうなるか分からない。それでも、ずっと着いて来てくれるか?」
そう訊ねる近藤さんは、どこか不安気だった。
けれど、その不安を振り払ってあげるように私は答えた。
「はい、もちろんです。どんなことがあろうともは近藤さんから離れたりしません。――最期の時まで、一緒ですよ?」
【初出:2007年5月9日】