晩秋のひと時

土方歳三×桜庭鈴花+島田魁


 ここ最近、朝晩の冷え込みが厳しくなりつつあった。日中でも、時おり掠める風が冷たく感じる。
(冬も、もう目の前まで来ているのか)
 部屋の障子を開け放ちながら、土方は庭を眺めている。あれほど鮮やかに色付いた木々の葉も、所々枯れ始めていた。
 と、ひとりの少女が箒を手に庭の中へ姿を現した。
(桜庭か?)
 土方は遠巻きに少女――桜庭鈴花を見つめる。
 鈴花は土方に見られていることに全く気付いていない。ゆったりとした足取りで木の前に近付くと、慣れた手付きで枯れ葉の掃除を始めた。
 土方は、ほうと感心した。
 さすがは男と違い、細やかな気配りがある。鈴花はご機嫌な様子で、枯れ葉を一定の場所に集めている。だが、掃いても掃いても緩やかな風が吹いて、新たな葉が木から舞い落ちる。
 当の鈴花は、そんなことは全く気にしていないようである。むしろ、鼻歌でも歌っているのではと思えるほど嬉々としている。
 しばらくすると、枯れ葉の小さな山が出来上がっていた。
 鈴花は箒を動かす手を止めた。
(どうやら終わったようだな)
 土方はそれを見計らい、縁側で草履を引っ掛けて庭に出た。
「ご苦労だったな」
 背中越しに声をかけると、鈴花は大袈裟なほど肩を強張らせた。
「ひ、土方さん……」
 鈴花は振り返ると、びっくりして見開いた目を土方に向けてきた。
 何故、そこまで驚かれるのか。土方は怪訝に思った。
(それとも、俺自身が怖いのか……)
 鈴花を見つめながら、自分が密かに〈鬼副長〉と呼ばれていることをふと思い出した。
 確かに、土方は他人に情けなど見せない。ただ、それは表面上だけであり、実際は懐の広い男なのである。しかし、数ある隊士達を束ねてゆくには、ちょっとぐらい恐れられ、嫌われる方がちょうど良いのである。
「俺は別に、お前に何もするつもりはないが?」
 鈴花を安心させようと、土方は柔らかな口調で言った。
「それよりも、進んで掃除をしていたから感心していただけだ。これだけの枯れ葉を集めるのは大変……」
「い、いえ! 違うんです!」
 土方が言いかけた言葉を、鈴花は慌てたように遮った。
「私は、別に進んで掃除をしたわけではなくて……、その……」
 ばつが悪そうに視線をあちこちに泳がせる鈴花。
 ではいったい、何で枯れ葉集めなどしていたのか――
 土方の疑問は深まった。
「おーい!」
 その時、遠巻きに、豪快な男物の声が聴こえてきた。
 土方と鈴花は、ほとんど同時にそちらを見る。
 そこにいたのは大男――もとい、島田であった。島田はその巨漢からは想像も付かないほどの軽い足取りで、ふたりの元へと駆け寄って来た。
「あれ? 土方さんも参加されるんですか?」
「――参加……?」
 言っている意味が分からず、土方はますます困惑した。
 それを見兼ねた鈴花が、小さく「あ、あの……」と口を開いた。
「実は、島田さんと焼き芋をしようってことになりまして……。他にも、何人か時間の空いている隊士さん達にも声をかけたのですが……」
(や、焼き芋……?)
 土方は改めて、島田に視線を移す。よくよく見ると、彼の両腕には山のように芋が抱えられている。
 これですっきりした。つまり、鈴花は焼き芋を作るのに必要な焚き火のために枯れ葉を必死に集めていたのだ。それならば、嬉しそうに箒を動かしていたのも素直に頷ける。
 謎が解けたとたん、力が抜けた。と同時に、笑いが込み上げてきた。笑ってはいけない――そう思っても、焼き芋を楽しみにしている鈴花を想像するとどうしても堪えられなかった。
「な、なるほどな……。クッ……クククッ……」
「――ひ、土方……、さん……?」
 滅多に笑うことのない土方に、鈴花は心配を隠せない様子だった。
 一方、島田は何があったのか分からず、芋を抱えたままおずおずと訊ねてきた。
「――あの、そろそろ始めてもいいかい……?」
「え? ああ、はい! 始めましょう!」
 島田に促された鈴花は、その場にしゃがみ込んだ。
 島田もしゃがむと、芋の山を側に置き、書き損じて捻った半紙に火を点け、それを枯れ葉の中に投げ込む。
 ゆっくりと立ち上る煙と炎。
 三人は火がある程度大きくなるまで暖を取る。
「さて、もういいだろう」
 島田はそう言って、芋をひとつひとつ焚き火の中に入れてゆく。
「うわあ! 楽しみですねー!」
 鈴花の目は爛々と輝いている。よほど楽しみにしていたのだろう。その表情が可愛くて、また、土方の口許が自然と綻んでくる。

 焚き火の炎が徐々に鎮火していった。
「島田さん! 早く早く!」
 待ちきれないのか、鈴花が島田を急かす。
「ははは……。そんなに慌てなくて、芋は逃げたりしないから大丈夫だよ」
 島田は木の棒を手にすると、灰になった枯れ葉を掻き分けつつ、中の芋を刺した。
「ほら、熱いから気を付けるんだよ」
「はーい!」
 まるで、父親と娘のようである。
 鈴花は芋を受け取ると、幸せそうな満面の笑みを浮かべ、「あつっ……」と言いながら芋を割って頬張っている。
「はい、土方さんもどうぞ」
 島田が、土方に芋を差し出してくる。
「ああ、すまない」
 土方は用心しつつ、熱い芋に手を伸ばす。鈴花同様、思わず声が出そうになったが、そこはどうにか堪えた。
 割ってみると、中からは黄金色の芋が姿を現す。
 土方は焦げた皮を避け、中身を齧った。
「――美味いな」
 正直な気持ちを述べた。
 土方の反応が嬉しかったのか、鈴花はにっこりと「そうでしょう」と言った。
「やっぱり、秋は焼き芋が一番です。美味しいし、あったかいし、何より幸せになれますもの!」
「おや? この間は、秋は果物が最高、とか言ってなかったっけ?」
 自分用の芋を手にした島田が、鈴花に言った。
「そ、それは……。いいじゃないですか、別に。秋は何でも美味しいんですから」
 鈴花はぷうと膨れた。
 島田はそれを見て、大声で笑っている。
「お、焼き芋出来たんですか?」
 どこからともなく、数人の隊士がこちらに集まって来た。
「あ、ちょうど良かった。まさに焼き上がった所ですよ」
 島田は食べる手を休めると、ひとりひとりに芋を渡した。
(悪い光景ではないな)
 土方はそれを眺めながら思った。
「土方さん」
 隣にいた鈴花が、土方に声をかけてきた。
「なんだ?」
「また、来年も焼き芋をしましょうね」
 鈴花の言葉に、土方は「そうだな」と頷く。
「来年も、再来年も、またこうして、みんなと集まることが出来たら楽しいだろうな」
 土方は素直な気持ちを口にした。
 平穏で幸せな日々が、ずっと続くようにと願いながら――

【初出:2008年10月31日】
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