数日ぶりに晴れ間が見えた。庭先に積もった雪に陽光が反射し、それがあまりに眩しくて鈴花は目を凝らした。
「おい」
突然、背中越しに声をかけられた。
声の特徴から誰であるかは分かったが、心臓が飛び上がるほど驚いてしまう。いや、分かったからこそ思わず身体が反応してしまった。
鈴花は胸の辺りに手を重ね合わせながら、後ろを振り返る。
そこには、しかめっ面をした鬼――もとい土方が立っていた。綺麗な顔立ちをしているが、滅多に笑うことがないため普段の表情も怖い。
「す、すみませんっ!」
鈴花は反射的に頭を深々と下げていた。
「何を謝っているんだ?」
土方が怪訝そうに訊ねる。
「あ、いえ……、何でも……」
無意識にとはいえ、意味もなく謝ってしまったことを鈴花は後悔していた。
「変な奴だ……」
呆れ返ったように呟く土方。
「――すみません……」
「だから謝られる憶えは全くない」
「はい、す……」
また、同じことを繰り返しそうになった。
案の定、土方はこちらを睨んでいる。
鈴花は口を噤み、身を縮めながら俯いた。
「――まあ、いい……」
溜め息をひとつ吐き、土方が言った。
「ところでお前、これから何か予定はあるか?」
突然訊かれ、鈴花は反射的に顔を上げる。
「え、えっと、特には……」
しどろもどろになりながらも、何とか答えた。
「そうか。ならばちょうど良い。一緒に来い」
「一緒にって……、えっ……!」
答える間もなく、鈴花は土方に手首を掴まれていた。力を加減してくれているのは分かった。それでも、やはり男の握力は相当なものだ。
鈴花は引き摺られるようにその場から離れた。
屯所を出てからも土方の手が離されることはなかった。彼が何を考えているのか、全く理解が出来ない。
(どこまで行くのかしら……?)
そんなことを思っていたら、急に土方の足がぴたりと止まった。
着いた場所を目にした瞬間、鈴花の心は喜びでいっぱいになった。
「凄い! 雪原ですね!」
どこまでも広がる銀色の平原。屯所で見ていた雪も綺麗だったが、ここは比較にならないほど輝きを増している。
鈴花は胸を弾ませ、濡れてしまうことも気にせずに雪を踏み締める。
「わあ、冷たい!」
つい、子供のようにはしゃいだ声を上げる。
「どうやら気に入ったようだな」
そんな鈴花を見つめながら、土方が言った。ほんのりと笑みを浮かべているようにも見える。
「はい! でも、どうしてここへ……?」
首を傾げながら鈴花は訊ねた。
「いや、たまたまこの界隈をうろついていたら見つけただけだ。確か、お前は雪が好きだったと記憶していたしな……」
先ほどの踏ん反り返ったような態度とは一変して、どこかしどろもどろな言い回しになっている。
さすがに表情を読むまでには至らない。だが、ここに来てから土方の空気が和やかになっているのは感じていた。
もしかしたら、と期待までしてしまう。
(そうだ!)
鈴花は雪の中に入ったまま、その場に屈み込む。そして雪を手で掴み、それをきつく握る。
まず、ひとつ作り上げると、雪玉を雪原の上に戻し、再び新しい雪を握った。
今度は少し小さめの雪玉を作り、最初に作った方に載せる。
「――雪達磨か?」
鈴花の作業を眺めながら、土方が言ってきた。
「そうです」
鈴花は頷きながら、手近にあった石を探し出し、目と口を付ける。だが、大きさが違うせいで、何とも言いがたい不細工な雪達磨が完成してしまった。
「――可愛くないですね……」
仕方ないとは言え、出来の悪さに落ち込んでしまう。
「いや、そんなことはないだろう」
鈴花を慰めるつもりなのか、土方は優しい声で言う。
「これはこれで愛嬌があると俺は思うがな。何より桜庭、お前が作ったものだのだから」
「えっ……」
土方の思わぬ言葉に、鈴花は言葉を失った。
そんな鈴花を、土方はそっと自分の元へと引き寄せた。
手は悴んで冷たい。なのに、大きな身体に包まれ、熱を帯びているように感じる。
「え、えっと……、土方、さん……?」
やっとの思いで口にする。
「は、恥ずかしい……、ですから……」
「何故だ?」
「だって、外で……、こんな……」
そう言うと、今度はさらに強く抱き締められた。とたんに、せっかく作った雪達磨が手からすり落ちてしまう。
「どうせここには俺達しかいない」
耳元で囁かれ、鈴花の体温はさらに上昇した。
普段は〈鬼副長〉と呼ばれるだけあって怖い。なのに、愛を囁く時はどうしてこうも甘いのだろう。
抵抗する気はなかった。むしろ、このままずっと抱き締めていてほしいと願っている。
「このまま、ずっと……」
土方の言葉に、鈴花はゆっくりと頷く。
愛おしい人の温もりをもっと感じたくて、自ら胸に顔を埋めた。
【初出:2008年1月27日】