このところ、原田の様子がおかしい。
いつもなら鈴花を見るたびに軽口を叩くくせに、全くしない。それどころか、どこか避けられているかのようにも思える。
(私、何か気に障るようなことでもしたかな……?)
気になるものの、確かめる勇気がない。
誤解ならいい。けれど、本当に嫌われていたら、と思うと、真実を知るのが怖かった。
いつからだろう。鈴花が原田を意識し始めたのは。
最初は口が悪く、鈴花を女として扱ってくれないことに不満を抱いていたが、次第に原田の本質である純真さと優しさに惹かれ始めた。
熱を出して倒れてしまった時も、原田はただひたすら鈴花の心配をし、看病してくれたのだ。
あの時は本当に嬉しかった。そして、熱にうなされながらも、このままずっと原田の優しさを独り占めしてしまいたいとさえ思った。
◆◇◆◇
ある日、縁側でぼんやりとしている原田を見かけた。
(どうしよう……)
声をかけようかどうしようか、鈴花はしばし悩んだ。
「何ボケーッと突っ立ってんだよ、桜庭?」
「きゃっ!」
突然後ろから声が聴こえ、鈴花はビクンと反応しつつ、恐る恐る振り返る。
「なんだぁ? 化けモンにでも遭ったような声出して」
声の主である永倉は、呆れたように鈴花に視線を注いでいる。
「な、永倉さん……。もう、脅かさないで下さいよ……」
正体が分かり、鈴花はホッと胸を撫で下ろした。
「で、オメェ、ここでなにやってたんだ?」
「え、それは、その……」
まさか、原田を見ていたとは言えない。だが、無意識のうちに視線がそちらへ向いてしまったため、永倉はすぐに察しが付いたらしい。
「ああ、左之の奴、ここんとこずーっとあんな感じだよなあ……」
「――そうなんです……」
鈴花は永倉の鋭さに観念して口を開いた。
「最近では原田さん、あんな感じでぼんやりしてますし、ご飯もあまり食べてないようで……。それに……、何故か最近、避けられてるような……」
「避ける? 左之がオメェを?」
「はい……」
「ふうん……」
永倉は顎を擦りながら、何を思ったのか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「しゃあねぇなぁ! 俺が一肌脱いでやっか!」
「は……?」
言っている意味が分からず、鈴花はぽかんと口を開いた。
が、その言葉の真意はすぐに分かることとなった。
「おい左之!」
永倉は原田の所まで行き、原田に威勢よく声をかける。
原田は死んだ魚のような目で永倉を見返している。
「なあ、ちょっといいか?」
「――ああ……」
「桜庭がオメェに話したいことがあるんだとよ」
鈴花は思いきり目を見開いた。
まさか、一肌脱ぐ、とはこういうことだったのか。
「あっ俺、急用を……!」
「待てよ」
この場から立ち去ろうとしている原田の腕を、永倉は逃がすまいとがっちり掴む。そして、再び縁側に座らせると、突然説教を始めた。
「ったく、オメは不器用にもほどがあるぜ。まあ、オメェのそういうとこ、俺は嫌いじゃねえけど。けどな、言葉にしなきゃ伝わらねえこともたくさんある。いいか? 今からオメェの気持ちを桜庭に包み隠さず伝えろ。じゃなきゃ一生このままで終わっちまう。後悔するような真似だけは決してするんじゃねえぞ?」
言うだけ言って、永倉は鈴花と原田に背を向けた。
「じゃ! あとはオメェらだけでよろしくやれや」
取り残されたふたりの間には、しばらく気まずい沈黙が流れた。
「あのっ!」
「あのよ!」
静けさを破るように、ふたりの声が重なった。
「は、原田さんからどうぞ……」
「いや桜庭、お前が先に言えよ……」
無駄とも思える言葉の譲り合い。仕方がないので、鈴花の方から先に切り出した。
「原田さん、どうして私を避けるんですか?」
「えっ、それは……」
「私、中途半端は嫌なんです。原田さん、私のことが嫌いですか? ならばはっきり言って下さい。じゃないと、ずっと……、苦しいままで……」
感情が昂ぶり、涙が溢れ出てきた。今まで我慢をしていたからだろう。止めようにも止められない。
「お、おい……」
案の定、原田は困惑している。しばらく何かを考え込んでいたようだが、やがて、ぽつりと口を開いた。
「――別に俺は、お前を嫌っちゃいねえよ……」
この言葉に、鈴花は驚いて顔を上げた。
「え、だって……」
「だから、俺はお前と顔を合わせるのが恥ずかしかったんだよ! だから……」
原田はそう言うと、ばつが悪そうに頭を掻いた。心なしか、顔もほんのりと朱に染まっている。
(そ、それってつまり……)
考えるうちに、鈴花もまた身体中が熱くなるのを感じた。
「――桜庭」
俯きながら、原田は言った。
「俺はこんな奴だけどよ……。そんなんでも良かったら、ずっと、一緒にいてくれるか……?」
「もちろんです」
鈴花はにっこりと頷く。
「私は原田さんの全てが好きなんです。だから、どんなことがあっても絶対に離れてやりませんから」
◆◇◆◇◆◇
それから数日が経過した。
「左之さんと鈴花さん、どうにか上手くいったみたいだね」
屯所内で仲睦まじくしている原田と鈴花を遠巻きに見つめながら、藤堂が言った。
「まあ、一時はどうなるかと思ったけどな。俺が世話してやんなきゃ、あいつら、ずーっと進展ないままで終わってたぜ」
永倉もまた、藤堂と並んでふたりを見ている。
永倉にとって、原田は大切な親友。だからこそ、誰よりも幸せになってほしいと心から願い続けていたのだ。
「とにかく、いつもの左之に戻ってくれたのも安心したぜ。恋の病ってやつは、どんな名医でも絶対治せねえからな」
「あははは! まったくその通りだ!」
ふたりはケラケラ笑いながらこの場を離れた。
背中の向こうでは、原田と鈴花が幸せそうに顔を合わせて微笑んでいた。
【初出:2007年8月17日】