温もりが欲しくて

尾形百之助×アシㇼパ


 信じられない光景だった。遠巻きにとはいえ、ようやくアチャと再会出来たのに、言葉を交わすことなくアチャは頭を撃ち抜かれてしまった。そして、その後に続いて、私の大切な相棒も撃たれた。
 あの男は不死身だ。そうそう死ぬわけがない。必死で言い聞かせても、深い悲しみと不安は拭い去ることが出来ない。
 尾形にふたりの死を伝えられ、絶望はさらに増した。アチャだけじゃない。杉元が死んだなんて、信じたくない。でも、確かに銃弾に斃れた瞬間ははっきりとこの目に焼き付いている。
 もう二度と、杉元に逢うことが出来ない。杉元と一緒に山に行って、オハウを囲んでヒンナヒンナ出来ない。それがあまりにも辛過ぎて、人知れず涙を流す毎日が続いた。

 ◆◇◆◇

 杉元とアチャが死んでからも、私は目的を果たすため、ただひたすら進むしかなかった。ただ、どうしても以前のように笑えない。
 最初に私が笑えなくなったのは、アチャもレタラもいなくなってしまってからだっただろうか。それからはどうやって笑うかを忘れてしまい、杉元に初めて出逢った時も表情が固かったと自覚していた。
 けれど、杉元が果敢に羆に立ち向かう姿を目の当たりにした時、アチャの面影と重なり、自然と笑みが浮かんだ。同時に、杉元となら行動を共にしてゆきたいと思えた。

「アシㇼパ、そこにいたのか?」
 ぼんやりとして座り込んでいた私に、尾形が声をかけてきた。珍しいもので、他人に全く関心がなさそうだったのに、杉元の死を伝えてきてからは私を常に気にかけてくれる。
「また、杉元のことを考えていたのか?」
 今さら隠し立てするつもりもないから、私は尾形の問いに、「うん」と小さく頷いた。
「あいつの最期を見届けてやれなかった、って……。最期ぐらい、少しでも杉元に触れておきたかったな、って……。考えれば考えると、後悔ばかりだ……」
 私は膝を抱え、うずくまった。杉元の話をしていると、また涙が出そうだ。
 尾形は何も言わなかった。代わりに私の隣に腰を下ろし、そっと頭を撫でてくる。
「私を、慰めてくれてるのか……?」
 思わず訊いてしまった。
 頭を撫でる尾形の手が止まった。そんな尾形をチラリと覗ってみると、私を真っ直ぐに見つめる視線がこちらを向いていた。
「――慰めてほしいか?」
 逆に問い返された。その声は優しさに満ちている。
 気付けば私は自然と首を縦に動かしていた。尾形はそんな私の想いに応え、自らの元へ私を引き寄せた。そのまま、肩越しに強く抱き締める。
「まだ、杉元のことが忘れられねえのか?」
 尾形が耳元で囁いてくる。
 私は少し躊躇い、けれども思いきって、「忘れられるはずない」と答えた。
「杉元は私の大切な相棒だった。ずっと一緒にいて、私を支えてくれたんだ。あいつがいなければ……、私は……」
 これ以上は言葉にならなった。
 私は耐えられなくなって、尾形の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らした。泣くつもりはなかった。なのに、涙は止めどなく溢れ出てくる。
 そんな私を、尾形はさらに強く包み込んでくれた。尾形の腕の中が心地良くて、このまま身を委ねてしまいたかった。
「アシㇼパ」
 尾形が私の名を口にする。そういえば、いつから尾形は私を名前で呼ぶようになってくれたのだろう。杉元や白石達と行動を共にしていた頃は、特に呼ばれた記憶がない。
 だからだろうか。尾形に名前を呼ばれると胸が高鳴る。杉元の声で名を呼ばれることも好きだったが、尾形と杉元とは明らかに違っている。
「すまない、尾形……」
 泣いて少し気持ちが晴れた。私は鼻を啜りながら、ゆっくりと尾形から身体を離した。
「お前の外套、涙で汚してしまったな」
「別に構わん」
 尾形は私の頬に触れてきた。涙を拭ってくれているつもりらしい。
「お前はずっと、杉元を想い出さないようにと気を張り詰め過ぎていたんだ。どこかで気持ちを発散させないと、いつか壊れちまうぞ?」
 そこまで言うと、尾形は真っ直ぐな視線を私に向けてきた。どこまでも深い、闇夜を彷彿させる漆黒の双眸。以前であればその冷たい眼差しに恐怖さえ感じたが、今は全く怖くない。むしろ、優しさと温かさに満ちているように思えた。
 見つめ合っているうちに、尾形の顔がゆっくりと私に近付いてくる。私はまるで金縛りにでも遭ったかのように、硬直したまま動けなかった。
 そうしている間にも、私の唇と尾形の唇が重なった。逃げようと思えば逃げられたかもしれない。けれど、私は瞼を閉じ、尾形の口付けを受け入れた。
 不意に杉元のことが脳裏に浮かぶ。しかし、それも一瞬のことで、気付けば私から尾形を求めていた。
 尾形の舌が、私の唇の割れ目から入ってくる。口内で私のそれを絡め取ると、尾形は私の唇を貪り続けた。
 息も絶え絶えになってくる。意識が朦朧とし、頭の芯が溶けそうになってから、ようやく尾形の唇が離れた。
「俺が憎いか?」
 突然、そんなことを訊いてくる。
 私は怪訝に思いながら、あからさまに眉間に皺を寄せた。
「どうしてそんなことを言うんだ?」
 尾形は少し間を置き、おもむろに口を開いた。
「杉元じゃない、好きでもない男に接吻されたんだ。嫌に決まってるだろう?」
「誰も嫌だなんて言ってない」
 私は少し怒った口調で続けた。
「私は尾形のことは嫌いじゃない。射撃の腕は確かだから頼りになるし。それに、根っから悪い奴じゃないのも私は知ってる。だから、そんなことを言うのは絶対許さない」
 尾形はわずかに目を見開いた。驚いたように私を凝視していたが、やがて、小さな笑みを浮かべた。滅多にない、皮肉の籠っていない柔らかな微笑みに、私も釣られて笑顔になった。
「さて、ちょっと長居し過ぎたしそろそろ戻るか? キロランケと白石も待ってる」
 尾形は立ち上がり、私に手を差し伸べてきた。
 正直、まだ尾形とふたりきりでいたかった。名残惜しさはあったものの、尾形の言う通り、キロランケニシパと白石が心配しているだろうと思い直し、その大きな手を取った。
 元々、尾形は体温が低い方だと知ってはいたが、外気に触れ過ぎたせいか、いつにも増してひんやりとしていた。
「尾形、冷え過ぎだ。これじゃあ風邪を引くぞ?」
 軽く説教すると、尾形は髪を撫でながら、わざとらしく肩を竦めて見せた。
「そうだな。だったら寝る前にアシㇼパの人肌であっためてもらおうか? お前は体温高めだから、いい湯たんぽになる」
「――変なことを考えてないだろうな……」
「変なこと? いったいどんなことだ?」
「――自分の胸に手を当てて訊いてみろ……」
 少し怒った口調で返すと、尾形は悪戯っぽく口の端を上げた。尾形の言うことは、冗談なのが本気なのか分からなくなることがある。
 先ほどの接吻のせいか、頭の中は尾形で占拠されている。このままだと、私は尾形がいなくなったらどうにかなってしまいそうだ。
「尾形」
 私は尾形の手を強く握り返しながら、言葉を紡いだ。
「――今夜は、一緒に寝てくれるか?」
 結局、私の方が尾形の温もりを欲している。先ほどとは真逆とも思えることを告げると、さすがの尾形も驚いていた。けれど、すぐに小さく笑みを浮かべ、「いいぜ」と答えた。
「お前が淋しくないように、俺がずっと側にいてやるよ。アシㇼパ」

【2025年4月2日】
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