執着

アシㇼパ←尾形百之助


 何故、あの娘が気になるのか自分でも分からなかった。大人びてはいるがまだ子供だし、俺自身、そういった娘を愛でる趣味は全くない。
 その娘の隣にはいつも、顔に傷を持つ男がいる。互いを相棒と呼び合ってはいるが、見ようによっては年の離れた恋人同士のようにも映る。
 そんなふたりを見ていると、なぜか心がざわつく。何故、そいつなのだと――

 ◆◇◆◇

 杉元を撃ってから、アシㇼパは酷く落ち込んでいた。ただ、彼女は真実を知らない。見ず知らずの狙撃手によって杉元が殺されたと思い込んでいる。
 一緒に行動する中で、本当のことを告げようかと思ったことはあった。しかし、まだその時ではない。
 ずっと沈み込んでいたアシㇼパだったが、日が経つにつれて少しずつ元気を取り戻していた。彼女の中で何か変化があったのかもしれない。

「尾形」
 夜、周りが寝静まった頃、銃の手入れをしている俺の元へアシㇼパが近付いてきた。先ほどまで爆睡していたはずなのに、いつの間に起きたのだろうか。
「どうした?」
 作業の手を休めてアシㇼパに視線を向けると、アシㇼパは俺の隣に正座してきた。
「急に目が覚めてしまった。尾形こそ、まだ寝ないのか?」
 アシㇼパの問いに、俺は、「もう少ししたら寝ようと思ってた」と答えた。
「こいつの手入れは怠らんようにしないと」
「お前は本当に銃が好きなんだな」
「まあ、嫌いじゃないな」
 そう言って、俺は再び作業を再開する。
 アシㇼパはそれを黙って見ていた。
 こういう時、何か話をした方が良いのだろうか。そう思うものの、俺は生憎とそれほど口達者なわけではない。
 不意に杉元のことが頭に浮かぶ。奴のことは好きではない。しかし、あの男ならば、アシㇼパ相手にたくさん会話の引き出しを持っていそうだ。それだけは少し羨ましく思う。
「なあ、尾形」
 しばらく無言だったアシㇼパが、おもむろに口を開いた。
「もしもの話をしていいか?」
「もしもの話?」
 怪訝に思いながら、俺は訊き返した。
 アシㇼパは少し間を置き、意を決したように言った。
「もし、杉元が生きてたらどうする?」
 俺の心臓が跳ね上がった。内心、アシㇼパの言葉に動揺していたが、悟られまいと、「どうもしない」と淡々と続けた。
「そもそも俺は、杉元が死んだところをはっきりとこの目で見たんだ。いくら不死身のあいつでも、頭を撃ち抜かれたのでは生きてられるはずがない」
 そう言いつつも、俺は杉元が死んだという確信が持てなかった。あの男は思いのほかしぶとい。地獄の底から這い上がってでも、アシㇼパの側に全力で駆けて来そうな予感がしている。そして、真っ先に俺を殺しに来るだろう、とも。
「たとえ死んでたとしても厄介だな」
 手入れを終えた俺は、銃をそっと横たえ、再びアシㇼパに向き直った。
「あいつのアシㇼパに対する執着は計り知れない。死んでもアシㇼパの側をうろついてるだろうし、何なら俺を呪い殺しそうだな」
 言いながら、俺はハッと息を飲んだ。
 アシㇼパの背後に、何か揺らめくものが見えた。本当に杉元の亡霊か、と思ったが、違った。それは少しずつ人の形を成してゆき、口許に弧を描きながら俺をジッと見ている。目は軍帽に隠れていて見えなかったが、それが誰かは確信が持てた。
「――勇作殿……」
 思わず口に出してしまった。だが、アシㇼパにはその声は届かなかったようで、「どうした?」と怪訝そうな視線を俺に向けてきた。
「今、私に何か言ったか?」
 俺は努めて冷静に、「いや」と素っ気なく答えた。
「何でもない。ちょっと疲れてるのかもしれん……」
「そうか」
 アシㇼパはそう言って、それ以上は何も追及してこなかった。ただの独り言だと彼女の中で片付けてくれたのだろう。
 と、アシㇼパの手が俺の額に触れた。何事かと思い、つい目を見開いてしまった。
「熱はないようだな」
 どうやら、俺の体調が悪いのではと心配してくれたようだ。
「お前はすぐに無理をする。杉元もだったが……。私のために気遣ってくれるのはありがたいが、体調を崩してしまっては元も子もない。とにかくもう休め。明日も早いんだ」
 十以上も離れた少女に軽く説教された俺は、ただ苦笑いするしかなかった。だが、何故か腹は立たなかった。むしろ、アシㇼパに心配されると、自分は特別に想われているのではないかと、少しばかりでも心が温かくなるような気持ちだった。
 俺はアシㇼパの頭を撫でた。本当は抱き締めたかったが、寝ているとはいえ人が周りにいること、何より、アシㇼパに拒絶されることが怖かった。
 結局、俺は杉元の代わりにはなれない。そもそも、代わりになろうなどとは微塵も思ってはいないのだが。
「寝よう、尾形?」
 再三言われ、俺は、「分かった」と返した。
「明日のために備えよう。アシㇼパの言う通り、倒れたりなんかしたらいかんからな」
「そうだぞ? お前に何かあったら、私だけじゃなくてみんなが困るんだ。尾形の射撃の腕のお陰で、たくさんいい獲物を獲ることが出来るし」
「――俺の射撃だけが目的か?」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃ……」
 気まずそうにしているアシㇼパが妙に可愛く映った。
 俺は小さく肩を竦め、「冗談だ」とさらに頭を撫でた。
「でもそうだな。腕慣らしに何か獲ってくるか。欲しいものがあれば言ってみろ?」
 俺の言葉に安堵したのか、すぐにパッといつもの明るい笑顔が戻った。
「楽しみにしてるぞ。杉元じゃ全然当てにならなかったが、尾形ならば信用出来る」
 また杉元を引き合いに出されて複雑な心境になったが、信用出来るという言葉で全てチャラになった。
「それじゃあ、寝るか?」
 俺が言うと、アシㇼパは大きく頷いた。

【2024年9月26日】
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