女なんてものは所詮、男を慰めるためだけだけの道具だと、俺はずっとそう思ってきた。ましてや、男達に雑ざりながら剣を振るうことなど普通は考えられない。
だが、何故か俺の周りには常識外れな女がふたりもいる。
ひとりは俺と同じ新選組隊士。そして――
◆◇◆◇
俺は最近、ある道場へと足を運ぶ事が日課となっていた。
目的はひとつ。もうひとりの女の姿を見るため――
◆◇◆◇
今日もいつもの如く、そこを訪れた。
思った通り、例の女――志月倫が真面目に稽古をしている。
俺はその様子を黙って見つめていたが、やがて倫が俺の存在に気付き、木刀を振っていた手を止めてこちらに視線を向けた。
「そんなに見ないでもらえませんか?」
あからさまなしかめっ面をしながら俺に言い放ってきた。
だが、倫の強気な態度は俺は決して嫌いではない。むしろ気持ちが良いくらいだ。
「俺がそんなに気になるのかい?」
俺は口元を歪めながら訊ねる。
「ええ、集中出来ませんから」
きっぱりと言い返す倫に、俺は少し意地悪を言ってやりたくなった。
「なら、稽古なんてやめたらいいさ」
「――はい?」
怪訝そうにしている倫に対し、俺は告げた。
「倫、俺の暇潰しに付き合ってよ」
花柳館を出てから、俺と倫は無言で並んで歩いていた。
「大石さん」
沈黙に耐えられなくなったのか、しばらくして倫が口を開いた。
「いったい、どこまで行く気ですか?」
「さあ、どこだろうねえ?」
「さあ、って……」
俺の答えに、倫は唖然としている。
だが、一番呆れているのは俺自身だった。普段の俺ならば、目を光らせながら斬り捨てる相手を探しているところだろうが、今日はそんな気分になれない。
ただ、何となく倫と歩きたかった。
倫の側には常に庵がいる。だから、何かと理由を付けないと彼女を連れ出すことなど限りなく不可能だ。
我ながら情けなく思った俺は自嘲した。こんな姿、他の連中にはとても見せられやしない。この俺が女に溺れているなど――
「大石さん」
再び、倫が俺に声をかけてきた。
「今日の大石さん、様子が変ですよ? よく分からないけど、なんて言うか、纏っている空気がいつもより柔らかい感じが……」
倫の言葉に、俺は少なからず動揺する。まさか、彼女が俺の顔色まで覗えるようになっていたとは正直驚いてしまった。
「へえ、俺の表情がそこまで読めるなんて倫もなかなかやるな」
「からかわないで下さい」
俺の素直な言葉を、倫はあっさりとかわしてしまった。
俺は苦笑いを浮かべた。
やはり、普段から彼女を挑発するような態度を取っているのだから、その返答のされ方は当然だろうが、それでも少し複雑な気持ちになる。
気が付くと、陽が傾いてきた。
空は朱色に染まり、まるで、俺を死へと誘っているように感じる。
怖いという気持ちはない。むしろ、俺は最高の死を自ら望んでいるのだから。
「大石さん、私、そろそろ……」
倫の控えめな呼びかけに、俺ははっと我に返った。
「なんだ、もう帰りたいの?」
俺はまた、いつもの調子で言ってしまった。
案の定、倫には強く睨まれた。
「当たり前です。庵さん達も心配してるでしょうから。無断で出て来てしまったし、遅くなり過ぎると怒られてしまいます」
――また〈庵〉か……
正直、庵の名前が出るだけで面白くなかったが、これ以上無理に引き止める気も今の俺にはなかった。
その代わり、俺は倫の手をそっと取った。
倫は驚いたように目を瞠っている。
「嫌なら振り払えばいい」
しかし、倫が俺の手を離すことはなかった。それどころか、強く俺の手を握り返してくる。
ほっそりとしていて温かな温もりに、柄じゃないと思いつつ安心感を覚えてしまった。
俺は盗み見るように、倫を見つめる。
夕陽のせいだろうか。心なしか、倫の頬がほんのりと紅く染まっているように見えた。
からかう気はなかった。互いに言葉を交わさず、ただ、静かに元来た道を歩き続けた。
倫を送り届けた頃には、すっかり夜が更けていた。
「じゃあな」
俺が彼女に背を向けた瞬間――
「大石さん!」
不意に呼び止められた。
俺はゆっくりと振り返った。
「あの、ひとつ訊いてもいいですか……?」
「何だい?」
「――何故、私を……?」
倫が言いたいことは何となく分かったが、俺はニヤリと笑いながら、いつもの調子で答える。
「別に。単なる気紛れさ」
倫は何を思ったのだろう。ただ、何も言わずにその場に立ち尽くしている。
俺は今度こそ、背中を向けて歩き出した。
倫を愛おしく想う気持ち、いつか届くことがあるのだろうか、と思いつつ。
◆◇◆◇
俺が最期の時に望むのは、倫が俺を殺してくれること――
【初出:2007.11.30】