Egoistic
得意先への重大トラブルを起こし、遅くまでその対処に追われた。
上司には頭ごなしに罵倒され、得意先からは、上司ほど怒鳴られなかったが、精神的な攻撃を受けた。
終わった頃には疲れ果てていた。
家では妻が待っている。しかし、こんな姿を見せたくはない。
俺は無意識に、ジャケットの内ポケットから携帯を取り出していた。そして、躊躇いもせず電話をかける。
一回、二回……コール音が鳴り続き、四度目で音が途切れた。
『どうしたの?』
挨拶もそこそこに、相手は訊ねてくる。
柔らかなその声に、俺の心にじんわりと温かなものが広がった。
「これから行ってもいいか?」
俺も挨拶を省き、要件を告げる。
電話の向こうの彼女が息を飲む。多分、返事を躊躇しているのだろう。
『――いいわ』
しばらくの間を置き、彼女から返答が戻ってきた。
「すぐ行くよ」
俺はそう言って、一度通話を切った。
◆◇◆◇
彼女のアパートに着いた。俺がインターホンのボタンを押すと、ほどなくして鍵の解除される音が聴こえた。
彼女の姿を目の当たりにした瞬間、俺の中で緊張の糸が切れた。そのまま小さな肩に額を載せると、彼女は俺の背中に両腕を回してきた。
俺は後ろ手でドアを閉め、そのまま彼女を抱き締め返した。
力を入れるとすぐにでも壊れてしまいそうだ。けれど、彼女をボロボロにしてしまいたいほど、俺は今、彼女を独り占めしたかった。
この時、俺の中では妻の存在など綺麗に消え去っていた。
「――すぐに帰るの?」
それまで黙って俺を抱き締めていた彼女が、くぐもった声で訊ねてきた。
「――いや」
俺は彼女の髪に顔を埋めながら続けた。
「今夜は帰らないよ。ずっと、君と一緒にいたい……」
「――酷いわね。奥さんを蔑ろにする気?」
俺は肯定も否定もしなかった。
蔑ろにする――確かにそうだ。
妻に心配をかけたくない、などというのは俺のエゴに過ぎないのだから。
けれど、エゴだろうと何だろうと、俺が本音を漏らせるのは彼女しかいない。弱い妻には、今の俺を受け止めるだけの力はないだろう。
それからは、無我夢中で彼女にのめり込んだ。
ベッドに行くのももどかしく、彼女を滅茶苦茶に壊した。
そんな俺を、彼女は静かに、時に激しく受け止める。
自分が、まるで獰猛な獣にでも変貌したようだ、と彼女を抱き続けながら不意に思った。